相続預金の仮払いはいくらまで可能? 手続きや注意点を弁護士が解説
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相続財産となった預貯金をめぐって、近年2つの大きな動きがありました。
平成28年末から金融機関では相続財産となった預貯金を一律に凍結するようになり、これに呼応して、令和元年7月から預貯金の仮払制度がスタートしています。
ところで、茨城県における相続に関する情勢は
・死亡者数 約3万3000人
・相続税課税対象(被相続人) 2006人
・相続人の数 5100人
となっており、平均約2.5名の相続人で遺産を分け合っている実態が浮かび上がっています。
亡くなった方の預貯金は、遺族の生活費や葬儀の費用などですぐに必要とされる場面が多い反面、使い込みなどによるトラブルの種となることも少なくありません。
そこで相続財産となった預貯金について、仮払いを受ける方法や利用に当たっての注意点を弁護士が詳しく解説します。
(出典 平成30年厚労省人口動態統計・関東信越国税局ホームページ)
1、相続に着手する前に知っておきたい基礎知識
まず、相続においてよく使われる用語や、相続の大まかな流れから解説していきます。
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(1)相続開始と相続人の確定
被相続人が亡くなることにより相続は始まります。
財産を残して亡くなった方を「被相続人」、遺産を受け継ぐ権利がある方を「相続人」と呼びます。
誰が相続人となってどれだけ相続するのかは、民法により次のように規定されています。
優先順位 相続人となる親族 左記の相続割合 配偶者の相続割合 第1順位 直系卑属
(子ども・孫)2分の1を均等割り 2分の1 第2順位 直系尊属
(親・祖父母)3分の1を均等割り 3分の2 第3順位 兄弟姉妹 4分の1を均等割り 4分の3
相続人と相続割合が決まるポイントは、次の通りです。
- 配偶者は常に相続人となる
- 優先順位が上位の親族がひとりでもいる場合、下位の親族は相続人にはならない
- 配偶者ではない相続人の優先順位によって、各相続人の相続割合が変わる
民法の規定により決まる相続人を「法定相続人」、相続割合を「法定相続分」といいます。
たとえば、夫婦と子どもふたりの家族で夫が亡くなった場合、妻と子どもふたりが法定相続人となり、法定相続分は妻が2分の1、子どもは4分の1ずつということになります。 -
(2)相続の対象となる財産
相続開始の時点において被相続人が有する権利義務の一切が、相続の対象となります(民法896条)。
現金や預貯金、不動産、有価証券、宝飾品など金銭的な価値があるもののほか、住宅ローンなどの債務についても相続の対象となります。 -
(3)遺産を分ける方法
複数の相続人がいる場合、相続財産は全相続人が共有する状態になります(民法898条)。
この共有状態は、遺産分割協議により各相続人の具体的相続分を定めることにより解消されます。つまり、遺産分割を行わなければ、現金や不動産、有価証券などは各相続人が自由に処分できない状態が続くのです。
ただし、履行の相手がある権利や義務は、相続によって履行を求める相手や履行すべき相手が分からなくなる状態に置かれることは好ましくありません。
そこで、金銭債権のように容易に分割できる債権(預貯金債権を除く)は、定型的に相続開始により直ちに分割されて法定相続分に応じて相続することになっています。
金銭を借りた立場でも同様で、相続開始により法定相続分に応じた債務を引き継ぐことになります。 -
(4)遺産分割について
遺産分割協議は、相続人間の公平な相続を実現するための必要な手続きです。
たとえば、被相続人から生前に贈与を受けた相続人がいる場合に、相続人間の実質的公平を図るため、相続分を調整する機能もあります。
また、法定相続分に関わらず自由に相続分を決めることができるため、各相続人の経済状況などに沿った分割が可能という側面もあります
しかし、遺産分割協議は、全相続人の合意がなければ成立しません。協議は、意見の対立により長期化することも珍しくないため、折り合いがつかない場合は家庭裁判所の遺産分割調停・審判手続きを利用して解決を図る必要があります。
遺産分割が家庭裁判所に持ち込まれると、その平均審理期間は約11か月ともいわれており、その間相続財産は宙に浮いた状態になります。
2、被相続人の預貯金がすぐに必要な場合-預金の仮払制度
遺産分割協議がまとまるまで、日数を要する場合があることは上記で説明しました。日数がかかることによる問題を解消するために、仮払制度が作られたのです。ここからは、預金の仮払制度について解説します。
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(1)相続財産となった、預貯金に対する金融機関の対応
前章でも簡単に触れましたが、預貯金は分割できる金銭債権なので、従来は相続開始により法定相続分に応じて分割されると理解されていました。
しかし、平成28年12月19日に最高裁は従来の判断を変更し、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることなく、遺産分割の対象となるものと判示しました。
その当時進行していた民法改正作業の中で、預貯金を遺産分割の対象に含めるべきか否か、が論点のひとつとなっていましたが、最高裁がその議論に決着をつけた形になったといえます。
この最高裁の判断以降、金融機関は口座名義人が亡くなったことを認知した時点で、口座を凍結する取り扱いをするようになりました。 -
(2)預貯金仮払いのための法整備
遺産分割は最終的な解決まで1年以上の年月を要するケースも少なくありません。
一方で、葬儀費用や亡くなるまでの医療費、遺族の生活費などすぐに資金が必要になる問題や、被相続人の債務があれば、遺産分割が終わっていなくても各相続人は支払いをしなければならないという問題が生じてしまいます。
また、被相続人の所得税(相続開始から4か月以内)や、相続税(相続開始から10か月以内)は、期限までに申告、納付を行う必要があります。
相続開始から約1年間だけをみても、遺族は相応の出費に備えなければなりません。
そこで、遺産分割前の預貯金の払い戻しが喫緊の課題となり、法改正により対応されることになりました。 -
(3)金融機関からの直接払い戻し
法改正により新設した制度は、相続人は単独で被相続人の預貯金口座から一定額の払い戻しを受けられる制度です(民法909条の2)。
払い戻しを受けられる額は、
- 相続開始時の預貯金残高の3分の1×法定相続分
- 上限は金融機関1件につき150万円
とされています。
この制度による仮払いのメリットは、金融機関に直接請求することができるため、迅速に払い戻しを受けられることです。
ただし、金融機関に相続人であることを証明する戸籍謄本(全部事項証明)などの資料を用意する必要があります。 -
(4)家庭裁判所の保全処分による払い戻し
家庭裁判所で遺産分割調停や審判を行っている最中であれば、従前から仮の処分として預貯金の取得が認められる制度がありました。
しかし、事件の関係人に急迫の危険が迫っており、それを防止する必要があることが要件とされており、必ずしも容易な手続きではありませんでした。
そこで遺産分割前の資金需要に対応するため、法改正により次にように要件が緩和されています(家事事件手続法200条3項)。
- 相続財産に属する債務の弁済や相続人の生活費、その他の事情により預貯金の払い戻しが必要であること
- 他の相続人の利益を害しないこと
この制度では、金融機関に対する直接請求のように、上限額の規定はありません。
「他の相続人の利益を害しない」という消極的要件はありますが、預貯金以外にも相続財産があるような場合は、法定相続分を超えた仮払いが認められる余地もあるでしょう。
3、預貯金仮払制度を使う際の注意点
新設された預貯金仮払制度には、利用する前に押さえておきたいポイントがあります。
場合によっては大きな不利益を被るリスクもありますので、制度の概要と合わせて理解しておきましょう。
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(1)仮払いを受けると相続放棄ができなくなることもあり得る
相続開始により法定相続人となった場合、取りうる選択肢は次の3通りあります。
- ① 被相続人の権利・義務のすべてを相続する(単純承認)
- ② 被相続人の権利・義務のすべてを相続しない(相続放棄)
- ③ 相続人全員の合意により、相続財産で借金を清算し、相続財産が残った場合のみ相続する(限定承認)
相続放棄または限定承認を選択する場合は、相続の開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所で手続きをとる必要があります。
しかし、預貯金の仮払いを受け、例えば、それを自身の生活費として使ってしまったとすると、単純承認をしたとみなされ、相続放棄することができなくなります。
預金の仮払いを受ける際には、被相続人に借金がないか、相続財産をよく把握した上で行う必要があるといえます。 -
(2)家庭裁判所の保全処分は時間と手間がかかる
家庭裁判所には保全処分という手続きもあり、遺産分割が終わるまで財産を安全に保管してきたい時の選択肢のひとつとして、挙げられます。
保全処分とは、家庭裁判所で調停や審判をしている間に、財産が無くならないよう保存しておく処分のことです。遺産分割調停・審判を、裁判所に申し立てていることが前提となります。
相続人間で遺産分割協議を行っている段階では、保全処分を利用することができません。
また、保全処分は要件が緩和されたとはいえ、預貯金が必要な事情を説明して家庭裁判所の理解を得る必要があり、必ず認められるわけではありません。
さらに申し立てをしても、すぐに決定をしてもらえるわけではありません。
本案の遺産分割事件の進展にもよりますが、数週間から1か月程度の審理期間がかかることもあるため、時間的にも余裕をみて、申し立ての準備をする必要があります。
当面必要な資金は金融機関に対する仮払い請求で工面し、中長期的な資金は家庭裁判所の保全処分で確保するという制度の利用の仕方が良いでしょう。 -
(3)仮払いで取得した金銭が必ず相続できるわけではない
仮払いはあくまで仮の措置であり、遺産分割の方向性や結果を拘束するわけではありません。
遺産分割が異なる結果となる可能性もゼロではなく、その場合は仮払いを受けた金銭は相続財産に組み戻されることになります。
4、相続人でトラブルになりそうな場合に弁護士に相談するメリット
相続の手続きで最も頭を悩まされるのは、遺産分割ではないでしょうか。
遺産分割は、ささいな言動や行き違いから感情的な対立に発展し協議が難航するケースも少なくありません。
そういった場合には、専門的な知見と経験を生かしたアドバイスが可能な弁護士に依頼することにより、感情的な対立に巻き込まれず遺産分割を円滑に進めることが期待できます。
家庭裁判所に協議の場を移した場合や、預貯金仮払いの保全処分を申し立てる場合でも、弁護士は代理人として、すべての手続きを代行することが可能です。
また、遺産分割の後は相続税の納付や不動産などの名義変更の手続きが待っています。
遺産分割の段階から、税理士や司法書士などの専門家とも連携したサポートを提供できる弁護士は、最適なサポート役といえるでしょう。
5、まとめ
近しい方が亡くなり、葬儀や遺品整理を行う中でお金の心配事まで抱えてしまうと、心労がかさみ、日常生活にも影響するということもよく聞かれます。
今回ご紹介した仮払制度により、当面必要な資金はめどが立つとしても、早急に遺産分割を行い、一日も早く平穏な日常を取り戻すに越したことはありません。
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